オニツカタイガーの歴史


1949年
オニツカ株式会社創業、スポーツ用品メーカーとして神戸市中央区に本社を置く。
後に株式会社アシックス (ASICS)となる。

戦争の痛手から立ち直り、日本が立ち直りを見せ始めた時期、人々が再度スポーツの楽しみを実感しはじめた時、国内大会や国際大会に出場する選手の足元には必ずと言ってよいほど「オニツカ」のシューズが使用されていました。

オニツカ株式会社が初めて開発したバスケットボールシューズには、土踏まずの部分に虎の顔がデザインされています。これが後の「オニツカタイガー」のトレードマークとなっています。

オニツカタイガーは「スポーツを通じて青少年の健全な育成を」という会社理念のもと、1949年の創業当時から「スポーツシューズの専門メーカー」で有り続けるということに拘り、斬新なアイデアや画期的な技術を次々と商品に投入して、伝統を育ててきました。

1960年代、オニツカタイガーは日本の選手だけではなく、海外の一流選手にも愛されるようになりました。また、数々の商品がこの時代に開発生産されました。

1964年 MEXICO Mid Runner。実在したミッドカットタイプのトレーニングシューズ。足首部のサポートに重点を置いた、東京オリンピックの時にだけ存在した日本代表選手用のトレーニングシューズで、商品カタログには一切登場しない、一般に市販されることのなかった非常に特別なシューズです。

1966年 MEXICO 2K5。スタンダードアイテムのメキシコ 66(アシックスストライプが初めて搭載されたトレーニングシューズのリメイク版)のヘリテージを現代に進化させたのが「メキシコ2K5」です。手間をかけたディテイルや新しいラストによるシルエットが特徴。

1968年 MEXICO 66 。メキシコオリンピックに向けて開発されたアシックスストライプ(当時メキシコライン)が初めて搭載された1966年開発のトレーニングシューズをベースにデザインされた、オニツカタイガーを象徴するスタンダードモデルです。2006年はアシックスストライプ40周年を迎える記念すべき年です。

1968年 MEXICO 66 UpGrade。オニツカタイガーを象徴するスタンダードモデル。通常の「メキシコ 66」より高級感のあるレザーや中敷を加えた高いグレードの商品です。

1968年 MEXICO 66 BAJA。「メキシコ 66」のストラップベルトバージョン。

1969年 TIGERR CORSAIRR。この年、誕生し、後に世界中でジョギングシューズブームとなった記念碑的モデル。スポーツシューズの歴史的転換点となったジョギングシューズを巻き起こすキッカケとなった記念碑的シューズが忠実に復元されています。

1972年 INJECTORR DX 。当時ブラック×ホワイトばかりだったサッカースパイクのカラーライニングにアクセントカラーを配して人気を博した「インジェクター 201」をベースにデザインされた商品。サッカーボールの変遷をイメージしたカラーリングや前流れのフォルム、耐久性を考慮してストライプの重ね方が通常とは逆になっている。

1974年 FABRER 74。1974年発売の「FABRE-BL」が原型。「FABRE」とはFAST BREAKを略した造語です。当時のオニツカのバスケットボール用品を総称する愛称となっていきました。オニツカ草創期のバッシュのソールパターンが再現され、虎がデザインされています。

1974年 TARGET ARCHERY。アーチェリーシューズ「カントリーT」が原型。大きなタングフラップは、屋外で行うアーチェリーで砂埃が足に入らないように考慮されて作られました。競技特性上踵でバランスを取りながら重心を安定させるため、踵部を四角く張り出させて身体の安定性を高める構造となっています。

1974年 RUNSPARKR。陸上用スパイクシューズ「タイガーパウ DS-5700」が原型。オールウエザートラック専用スパイクとして初めて開発されたモデル。当時画期的な実用新案や特許製法が数多く取り入れられた最新型のモデルです。「DS」は短距離用の意味です。そんなスパイクのイメージを出すために、スパイクピンの穴を表現したアウトソールの意匠が特徴になっています。

1975年 JAVELIN 75 LO。陸上スパイクシューズ「タイガーパウJT-L」が原型の槍投げシューズモデル。実はハイジャンプ用に開発された同モデルが、シューズの特徴上槍投げシューズとしても活用されるようになりました。05AWのミッドカットタイプのローカットバージョンです。

1977年、シューズ部門の「オニツカ」、ウェア部門の「ジェレンク」など3社が合併してアシックスが誕生します。本社は神戸市中央区のポートアイランドにあり、西区にはスポーツ工学研究所、長田区には工場があります。


1977年 GANTRAIR。軽登山やハイキングを楽しむ若者達の間で、街からおシャレにアウトドアを楽しむ新しいスタイルへの要望が芽生えたのが始まりで、ニッカボッカーからジャージスタイルへと移行し、その新しいスタイルにマッチし、岩場や雪渓でのグリップ性に優れた機能を備えたシューズとして「ガントレ」が誕生しました。野球の芝用トレーニングシューズのアウトソールを使っています。


1981年 LIMBERUPR ASIAN。「リンバーアップエイシャン」第4回アジア陸上競技大会のオフィシャルトレーニングシューズ。ミッドソールの踵の部分にチューブ管を挿入し、ミッドソールと同様に変形することによって当時画期的なクッショニングを実現しています。ソールのボリュームと80年代のカラーリングが特徴なランニングスタイルモデル。


1981年 ULTIMATER 81。80年代を代表するランニングシューズモデル。2層になっているミッドソールのヒールスポンジ部分に空けられた3つの空気孔「クッシュホール」が最大の特徴。αGELやAIRのような衝撃吸収材のなかった時代に工夫して考案された「クッシュホール」は、当時としては最も快適なクッション性を実現しています。

1985年 研究機関、アシックス スポーツ工学研究所設立。

2002年秋に再販売。最近の映画で「KILL BILL(キルビル)」にASICS ONITSUKA TIGER のレザースニーカー、リンバー62が使用されていました。
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東京オリンピック
Excerpt: 東京オリンピックとうきょうおりんぴっく 1964年に開かれた。オリンピック。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- A..
Weblog: 東京あるある大辞典
Tracked: 2006-08-16 13:53

オニツカタイガー
Excerpt: 実家で探し物を見ていると、こんなシューズを発見! 約30年ほど前のオニツカタイガーの陸上スパイク。 今は陸上スパイクはアシックスで統括されていますが、 このオニツカタイガーの陸上スパイクは貴重品だろ..
Weblog: いかくんのお遊び日記
Tracked: 2006-10-08 23:38
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